もしもリハビリテーションマネジメントに悩む理学療法士がドラッカーのマネジメントを読んだら

悩みが尽きない理学療法士9年目。回復期から転職して今は訪リハ勤務です。自分の仕事に活かせることが書けたらいいなと思っています。

【マネジメント】マーケティングとは② 〜フレームワークは一丁目一番地〜

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マーケティングの世界は奥が深いそうです。

 

そんな奥深いマーケティングにおいて、『4P』や『4C』といったフレームワークは一丁目一番地とのことで、少し勉強してみました。

 

フレームワークとは「ツール」とも呼ばれており、実際にマーケティング課題を解決し、ビジネスを成功に導くための「道具」として捉えるそうです。

(参考;https://www.advertimes.com/20180322/article267431/

調べていたらPDCAサイクルフレームワークとして紹介されていました。

 

まずは『4P』。

Product;製品・商品。「製品を通して顧客ニーズをどう満たすか」「製品を通して提供できるメリットは何か」

Price;価格。「顧客が購入してくれる価格なのか」「製品価値との整合性はあるか」「適正な利益を得られる価格であるか」

Place;流通。「ターゲット層に確実に製品を届けることができる流通形態になっているのか」

Promotion;促通。「いかに製品を認知してもらうか」

(参考;https://innova-jp.com/3713/

書いていて気付きましたが、これは製品を売る為の戦略でした。

 

実際にどのようにして顧客のニーズを拾うかは『4C』の方みたいです。

Customer value;顧客にとっての価値、メリット、悩みの解決

Cost;顧客が負担するコスト、節約できる負担や時間、あるいは避けられるリスク

Convenience;顧客の利便性、可能な限り早く、手間をかけずに製品情報や製品を入手できる方法

Communication;顧客との対話、双方向のコミュニケーションを生み出す手段

(参考;https://liskul.com/wm_framework8-6329#3https://innova-jp.com/201603-4p-4c-marketing/

 

本文より「議論するべき要素は4Pと変わりないものの、4Cに言葉を置き換えることでぐっと顧客の目線に近づけるだろう」とのことです。たしかに仰る通り。

 

1人のクライアントに対して行うリハビリテーションを考えたとき、4Cというフレームワークを用いると1つ目のCustomer valueさえ明確にできれば、とても合理的な目標を立てられるような気がします。それをどのように実現するか、『4P』で戦略を立てることもできるのでしょう。「製品」は「プログラム」に、「価格」は「費用対効果(負荷量?)」になど言葉の置き換えが重要に思えます。

 

でも『顧客』が異なるとこれらのCはどう変わってくるのでしょう。

 

ケースバイケースで考えていく必要がありそうですが、この考え方が上手になるとマネジメントも上手になりそうな気がします(勝手に笑)。

 

『製品』が自然に売れるよう、求められるようニーズを開拓する。またはニーズに合わせた『製品』を作る。

 

大きな会社には「マーケティング部門」などマーケティングを専門とする生業の方もいらっしゃる訳ですので、まだまだ修行が必要そうです。

 

リハビリテーションにおけるマーケティングとは?

 

Do you think what's task,responsibilities,practices?

【マネジメント】マーケティングとは? 〜リハビリテーションが社会から求められるものであるように〜

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ドラッカー曰く

「企業の第一の機能としてのマーケティングは、今日あまりにも多くの企業で行われていない。(中略)消費者運動がそのことを示している。消費者運動が企業に要求しているものこそ、マーケティングである。」

 

消費者運動(企業の目的は欲求の満足であると定義せよという要求)は、企業においてマーケティングが実践されてこなかったということ、つまりは恥だと仰っています。

 

マーケティングは販売ではないそうです。

販売とはつまり『製品』からスタートするということ。

 

真のマーケティングは『顧客』からスタートします。

『顧客』は現実・欲求・価値からスタートするものです。

ドラッカーは『顧客』に対して、「我々は何を売りたいか」ではなく「顧客は何を買いたいか」を問いなさい、「顧客が価値ありとし、必要とし、求めている満足」を示しなさいと説いています。

 

改めて、リハビリテーションにおけるマーケティング、そして『顧客』とは何なのでしょう。

 

最初に登場した『製品』は私たちセラピストが提供できるもの、実際の20分1単位の介入、会議やカンファレンスでの提案など専門家としての知識、病院や事業所などでの立ち振る舞いも含めてよいのでしょうか。

 

その『製品』が『顧客』にとって価値があり必要とされ求められているのか。

 

『顧客』はクライアントも含まれるでしょう。より理解を深めるためにはクライアントも定義しなくてはなりません。ここでいうクライアントは医療保険介護保険を利用してリハビリテーションのサービスを受けている方とします。保険内でのリハビリテーションでは医師の指示が必要です。

そもそもリハビリテーションの依頼をするのは誰なのでしょう。それも保険の種類によって異なります。

他の病院、ケアマネジャー、サービス事業所…、どうやら『顧客』の幅は広そうです。

 

『顧客』は何を買いたいか。

社会が企業に対して求めるものは結果です。

クライアントがセラピストに求めるもの。機能の改善、ADLの拡大、復職など、何が結果なのかはクライアントによって異なりますが、だからこそその結果を目に見えるものにする作業は大切です。それでもその結果は個人個人で異なる為、一定数のクライアントの満足度を普遍的なものにする作業は時として計り知れない労力を奪うでしょう。ですがそこで得られる数字は良くも悪くも明確な結果を示してくれるでしょう。

 

セラピストがクライアントに対して行えるリハビリテーションの価値を決めるものは何なのでしょう。対象となるクライアントによって異なるからこそ、セラピストは見極めなくてはならないのだと思います。自己満足ではないもの、できるなら数字にできるもの。

 

ドラッカー曰く、

マーケティングの理想は、販売を不要とすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。」

 

前半はなんだかリハビリテーションっぽい一文です。

『顧客』をクライアントに絞るなら、単にそれは修了とイコールなのでしょうか。

しかし後半を考えると、クライアントだけを考えていればいいようには思えません。医師が求めること、ケアマネジャーが求めること、それぞれの立場がセラピストに求めることが時と場合によって大きく異なります。クライアントを保険外にまで広げたら、きっともっと多くの『顧客』が現れることでしょう。

 

リハビリテーションが社会から求められるものであるようマーケティングを怠らない。

 

へっぽこ理学療法士の私には壮大すぎて何がなんだか想像もつきませんが、様々な働き方が認められている今だからこそ、見逃してはいけないポイントなのかと思います。

 

リハビリテーションにおける『顧客』は誰か、何を求めているのか考える。その要求をタイムリーに拾っていくことがマーケティングの実践なのではないでしょうか。

 

じゃあ明日から具体的に何をすればいいか、はまだまだ宿題です。

 

Do you think what's task,responsibilities,practices?

【映画】映画「栞」 〜誰かの後悔は、誰かの希望になる〜 その②

こちらはかなりネタバレしてます。観た人にしかわからない感想その②です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画「栞」で印象的だったのは主人公雅哉の父である稔と怪我により頸髄損傷となった藤村の対比でした。

 

藤村はプロのラグビー選手、試合中に怪我をして頸髄損傷となり下半身付随となりました。

一方の稔は教師をしながら男で一つで雅哉と妹の遥を育て上げてきましたが、脳腫瘍が見つかり手術をするか否かの選択を迫られます。

 

まずは稔についてです。

映画の冒頭は稔の妻が病室で苦しむシーンでした。悪性腫瘍でしょうか、カニューレをつけ苦痛に耐えきれず「迷惑なんでしょ」と叫び暴れます。それを目の当たりにする幼い雅哉と遥。傍らには若き日の稔も付き添いますが、我が子にそんな母の姿を見せられないという気持ちと、最期まで妻の横に居たいという気持ちが錯綜したのでしょう、看護師に頼んで母の傍を離れようとしない遥を病室の外に追いやります。理学療法士以前に幼い子を持つ私には耐え難いシーンでした。

 

そんな苦い思い出を抱える高野家から、何故雅哉は逃げたのでしょう。

 

遥は久しぶりに実家に戻った雅哉に「何か作ろうか?」としつこく提案し、入院中の稔にも手作りの弁当を持参するなど、献身的に振舞います。高校生となり、家族の中で母の役割を得ようとしているのでしょう。

稔が自分の病気を知った際に、一番懸念したのは高校生の遥が無事に大学にいけるのか、という点でした。雅哉が必死で学費も稔の治療費も「俺が何とかする」を訴えても、息子に頼れるかと言わんばかりに延命を拒み幾らかのお金を残そうと試案していました。

 

ここでも雅哉は無力に見えます。

彼が家族から「逃げた」理由はこういう所にあるのでしょうか。

 

そして公立学校の教師である稔は休職手当や傷病手当が受けられることを知り、自分が働けなくなっても3年半(※うろ覚えです)は家にお金を入れられることを雅哉に告げます。そして「だから手術する」と、延命治療を決意します。

 

一方、藤村です。

プロラグビーの選手であった藤村は下半身付随となりますが、雅哉との懸命なリハビリ(個人的な事情でリハビリテーションと書きたいのですが、ここでは「リハビリ」という言葉が合うような気がします、何ででしょう)により身の回りのことは自分で行えるようになります。自室での懸命な筋力トレーニングの成果もあり、長座位から車椅子への直角移乗も難なくこなします。担当看護師も「着替えもトイレもなんでも自分でできるようになった」と嬉しそうに雅哉に話します。

 

退院が近づいた日、

「俺、先生でよかったよ」

振り向きざまに雅哉にそう話します。

 

長下肢装具をつけて平行棒に立ち、ほとんど立てない歩けないことを知った藤村は雅哉に

「もうわかった、どのくらい無理なのかわかった」

と伝えます。

『障害受容』という言葉を頭に浮かべた理学療法士は私一人ではないのでしょうか。

直に関わる雅哉にとっては苦い経験ではありますが、第3者の立場から見たら「これでよかったのかな」という気持ちになりました。あの時は。

 

藤村の上司が見舞いにくるシーン。

プロラグビー選手であった藤村は選手続行が難しい場合、当然のように退職を選ばされます。それを何とか食い止めようとする上司の姿に、ラグビー以外でも職場に貢献していたであろう藤村の人柄が伺えました。

「選手になった時から決めていたことです」

と藤村は上司の厚意を制し退職を選びます。

「まずは自分のこと自分でできるようにならないと」

そう笑いながら。

結果として、身の回りのことが自立した藤村は実家に退院する運びとなりました。

 

教師である稔とプロスポーツ選手の藤村。

当然のことながら病態が違うので純粋な比較はできませんが、経済状況ひとつとっても2人の今後の人生は大きく異なります。もちろん不躾に尋ねることではありませんが、そこにどんなクライアントの思いがあるのか、これからもリハビリテーションに携わる私にはとても勉強になる背景でした。

 

そしてこの2人に関して何より心に残るのは、2人ともが「これからどう生きるのか」を自分の意志で決めたということです。

 

早くに妻を亡くし、またその壮絶な闘病を目の当たりにした稔にとって延命にどれほど希望が持てたのか。傷病手当について知る以前、ただひたすらに頭痛や嘔気に苦しむ稔はその苦しみを享受しているように見えました。1人になった時だけに嘔吐する姿など、母の苦しむ姿を目の当たりしている遥への気遣いも随所に見受けられたように思います。

 

その上で稔は我が子に幾ばくかのお金を残すために延命を決め、またその意志は雅哉にもきちんと伝わっていました。雅哉に関しては、妹の遥が父の決断を受け入れるよう彼なりにサポートしている姿もあったように思います。無力ではなかったのです。

 

藤村について。

先程『障害受容』という言葉を出しましたが、彼は受容できていなかったのでしょうか。

藤村の最期を肯定するつもりはありませんが、あれは受容していたからこその最期であったように思います。

 

あいみょんの『生きていたんだよな』という曲にこんなフレーズがあります。

「今ある命を精一杯生きなさいなんて綺麗事だな。

精一杯勇気を振り絞って彼女は空を飛んだ

鳥になって雲をつかんで

風になって遥か遠くへ

希望を抱いて飛んだんだ」

そのあとに彼女が叫ぶ「生きて生きて生きていたんだよな」が胸に刺さります。

 

少し前にダウンタウン松本人志さんがテレビで

「死んだら負け」

と話して物議を醸したように、多くの日本人がこの事象についてそれぞれの意見を持っているように思えます。

 

正直、私はこの件に関して確固たる意見を述べられるほど達観した人間ではありませんが、理学療法士である以上、私も正面から向き合わなくてはならない問題なのかな、と提起して下さった所に、この映画が伝えようとしている強いメッセージがあるのではないかと思いました。

答えを出すことはできないけど、考える必要があること。この部分があるからこそ、ぜひとも映画「栞」を理学療法士以外の方にも観て欲しいと思います。

 

自分で選び、自分で決める、責任をとる。

この2人の結末が良いのか悪いのか、どちらにも決められないということは正解がないということなのでしょう。

ただ私は「2人が選択した」という事実に関しては肯定したいと思いました。そのプロセスに置いて、理学療法士として、リハビリテーションに関わるセラピストとして、おそらく私はこれ以上ないくらいに無力でしょう。2人は幸せだったのでしょうか。

 

人生観、死生観についてとても勉強になる映画でした。

観終わった時のあの気持ちを思い出すと、「めっちゃいいよー!」と後輩や学生さんには勧められませんが笑、もしも自分の娘が理学療法士以外の仕事についたとき「観て欲しい」映画なのかと思いました。

【映画】映画「栞」 〜誰かの後悔は、誰かの希望になる〜

なんとか時間が作れたので夫のご厚意に甘えて1人で観てきました。

 

あらすじ

真面目な性格で、献身的に患者のサポートに取り組む理学療法士の高野雅哉。幼い頃に母親を亡くし、現在は父親の稔、妹の遥と離れて暮らしている。そんなある日、雅哉が働く病院にしばらく会っていなかった父・稔が入院してくる。日に日に弱っていく稔の姿、担当患者の病状が悪化するなど理学療法士として何が出来るのか自問自答の毎日で無力感に苛まれる。しかし、そんな時ラグビーの試合中にケガをした新たな入院患者を担当することになった雅哉。その入院患者の懸命に生きようとする姿に感化され、徐々に仕事への熱意を取り戻していく雅哉だったが……。病院という身近な人の死を経験する場所で理学療法士として、雅哉の選択していく生き方とは…。

 

監督は元理学療法士の榊原さん、原案、脚本にも携わっているとのことです。

 

以下、観た人にしかわからない、ネタバレありの感想です。

 

 

 

 

 

まず確認しておきたいことはこれが誰に向けられて造られた作品であるのか、ということです。

キャッチコピーの「誰かの後悔は、誰かの希望になる」というのはおそらく私も含めた理学療法士たちに向けられたものでしょう。

主人公である雅哉の年齢や経験年数については詳しく語られていませんでした。演じる三浦貴大さんは1985年生まれ。5〜10年目、といった所かと思われますが、様々な経験年数の理学療法士が感情移入しやすいよう、そこは敢えて定義されていないのかもしれません。

 

雅哉が何故、理学療法士になったのか。

それについても詳しくは語られていませんでしたが、幼少期の母の死や教師である父の姿、しかしその父と妹の生活から「逃げたかった」という背景も関係しているのでしょうか。

 

印象的だったのは入院してきた父、稔とのこの会話です。

「仕事はどうだ」

「毎日、苦しいよ」

「立派な仕事じゃないか」 ※一度観ただけなので細かいセリフがうろ覚えです

 

家族から逃げて就いた理学療法士は父と同じく『先生』と呼ばれる仕事でした。

理学療法士を『先生』と呼ぶことに関して、最近は敢えてそれを廃止する病院がほとんどです。

 

私たちは先生じゃないから。

私が学生の頃はほとんどの病院の理学療法士は『先生』でした。

今、私の勤めている病院に来ている臨床実習の学生さんも時々私を先生と呼び、そのすぐ後で慌てて〇〇さんと言い直して下さいます。初日に私がそう呼ぶよう伝えたので。

雅哉の病院は看護師さんも雅哉を「高野先生」と呼んでいたのでそういう風潮はないのでしょう。

 

何故、私は『先生』と呼ばれることを避けるのでしょう。

いつの間にか当たり前になっていたこの感覚が、どういう事情で湧いてくるものなのか。

映画『栞』を観ていると、自分でそれを説明しなくてはいけないような気持ちになりました。

 

映画『栞』で見せつけられるのは理学療法士が抱える圧倒的な無力感です。

その無力感とどのようにして付き合うのか。

 

おそらくそのテーマに対する一つの答えとなるシーンは亡くなった難病の男の子、海音のお母さんと雅哉の会話でしょう。

「患者に肩入れしすぎ」な雅哉に立て続けに襲いかかった担当患者の死や父の容態悪化、それを乗り越えることができずに理学療法士という仕事からさえも遠ざかろうとしていた時でした。

 

海音の両親は、亡くなった息子の遺体を大学病院へ献体する、と雅哉に伝えました。

 

海音の死の直後、雅哉は技師長から「海音くんの症例を学会に出してはどうか」と提案されます。

日本に50人しかいない症例、彼に対して雅哉が行ったアプローチは、それがどのような結果であれこの先同じ病気に苦しむ子どもたちとその子たちに関わる理学療法士にとっては大きな指針となるでしょう。しかし雅哉は無力感からなのか、それを拒みます。

 

そんな中で、海音にとって一番近い存在である両親の行動を知り雅哉は泣き崩れます。

そして直後に出会った同期?の永田からこう言われます。

「お前は患者に肩入れしすぎだけど、それを俺たちで分かち合わなきゃいけないんだよな」

※うろ覚えなのが口惜しいです

 

最後のシーン、群馬大学医学部附属病院に転職し学会で発表する雅哉をまっすぐ見つめる女性がいます。

彼女は雅哉の発表時間に合わせて会場に入り、手にする冊子には何枚もの付箋が貼ってあります。

きっとこれから雅哉が発表する症例と同じ疾患を持つクライアントが居るのでしょう。残念ながら理学療法士にしか伝わらない描写でしたが、それこそがこの映画で伝えたかったことなのでは、と思いました。発表の冒頭、雅哉の言葉が重く響きます。

 

事務室のシーンで何度も映り込む理学療法学は、単に理学療法士協会が協賛しているからという理由だけではないのでしょう。私たち理学療法士は自分の無念や後悔も含めて伝えていく使命がある、そんなメッセージと受け取れました。

 

そして同期の永田の言葉「分かち合う」という部分です。

『自分』が何かもわからない私たちは、時として計り知れない重圧や無力感を背負います。もしも自分の近くにいる同僚や後輩がそんな状況に陥ったら、喜んで分かち合ってきなさいよ、そういうメッセージもあるのかな、と思いました。

 

私たち理学療法士の、『自分』という部分について。

映画の冒頭、海音は自分の名前の由来を雅哉に伝えます。それに対して雅哉は自分の名前の由来を尋ねられても答えることはできませんでした。

私たち理学療法士は『自分』が何のかさえもわからないまま、病気や障害により大きな変化を強いられているクライアントの人生に関わらなくてはなりません。その上で、『相手』を知りなさい、『相手』の思いを知りなさいと教えられます。でも、そもそも『自分』て何なんでしょう。

 

「あなたは幸せになることを望み、それに取り組まなければならない」

アランの言葉です。名前の由来のシーンを観て、私はなんだかそんな風に言われているような気がしました。

ほんと、雅哉ってしけた顔してます。昔の自分を見てるみたいで吐きそうになりました。

そんな雅哉に「もっと幸せになってほしい」と思ったら、多分私が幸せにならないといけないのではないかと思います。

「幸福は伝染する。だから私たちには幸せになる義務がある」

私も含めて雅哉みたいな顔をしているセラピスト、実は結構居るのではないでしょうか。

そんな人がもし周りにいたら、まずは私が幸せになることにします。それはクライアントのためでもあるのでしょう。だって幸福は伝染するから。

 

と、最後はアランに頼ったまとめになってしまいました、笑。

 

本当は稔と藤村のそれぞれについても書きたかったのですが、長くなってしまったので一旦これで区切ります。

もしも読んでくださる方がいらしたら、駄文乱文に最後までお付き合い頂きありがとうございました。

【ドラマ】獣になれない私たち 第3話 〜それでも生きていて欲しいと思う誰かがいること〜

昨日の4話はまだ観てません。

 

〜3話のあらすじ〜

ワンマン社長・九十九(山内圭哉)へ決死の業務改善要求をした結果、うやむやのまま「特別チーフクリエイター」に昇進させられてしまった晶(新垣結衣)。晶は、元彼女の朱里(黒木華)のことで疲れ切っている彼氏の京谷(田中圭)の前では自分のことは何も言えない…。一方、恒星(松田龍平)の事務所に、突然訪ねてきた叔父から告げられたのは、数年前から行方不明になっていた兄が東京にいるらしいという情報だった…。

 

 

以下、ネタバレありの観た人にしかわからない感想です。

 

 

4話のテーマは家族です。

呉羽や朱里も多く登場しタイトルにもある『獣』要素も強くなってきました。

 

菊池凛子演じる呉羽の言動はいちいち責めてます。

「そんな社長殴っちゃえばいいじゃん」

悩みを打ち明ける晶に簡単に言い放ったかと思えば

「自由を手に入れるには、必要なんだよ戦いが」

 

恒星を『持ち帰った』というきっかけについても

「車がさ、ビュンビュン行き交ってる道路で、信号も何もないんだけど、うわって飛び出して、うわーって反対側まで渡りたーいって思うことない?」

 

それに対する晶は

「危ないですよね、迷惑だし」

獣になれない様子がよく表れています。

 

またラストシーンでの呉羽も秀逸です。タクシーでうじうじ嘆く京也に

「面倒くさっ!」

からのキス。当然、嫌がる京也を無理やり押さえつけて更にキス。

 

時を同じくして恒星も車から晶を庇うフリをして肩に手を置きますが、驚くほど自然に避けられます。

「感じ悪い」

好意を邪険にされたことが不服なことも表現します。分かり難いけど。

 

別れ際、

「一応、言っとくけど今はそんなに嫌いじゃないよ」

「どっちでもいいです、ただの客同士だし」

 

この後の松田龍平の表情は、カルテットも探偵はBarにいるも含めてもブッチ抜きで第1位、BestOf松田龍平です。

カルテット第8話で満島ひかり演じる雀から

「好きです」

「ありがとう」

「冗談です」

で、いつのまにか振られてしまった高橋一生演じる家守のあの表情を思い出します。

 

獣になれる人、なれない人の対比が見事でした。

 

そして黒木華演じる朱里のお話。

身体の関係もなくずるずると京也の家に4年間住んでいるという元彼女。

京也宛に届いた荷物を躊躇なく開けてしまいます。

 

江國香織さんの小説にこんな一文があります。

「結婚というのは残酷なことだと思う。結婚するというのがどういうことかというと、いちばんなりたくない女に、いちばん好きな人の前でなってしまうということなのだ」

 

京也に対する自由な振る舞いや京也宛の荷物を躊躇なく開ける朱里は、獣のように見えます。

でも、それはたぶん京也と朱里が家族に近い関係になっているからなのではないでしょうか。

 

誰に対しても獣になれる人が呉羽。

でもそれって誰しもが持っている一面で、朱里がそうであるように特定の人や家族のような近い存在に対しては自分でも気づかぬうちに獣になれるのです。

それを望む望まないは別として。

1周年記念パーティーで、兄に似た印象を持った晶を思わず誘ってしまった恒星も、あの夜は獣になっていたのでしょう。

 

で、いちばん書きたかったのが京也の母、千春のシーンです。

僭越ながら文字に起こします。

 

千春は孫とリビングで過ごしています。リビング隣の和室には寝たきりの夫(克巳さん)。

和室に置いた3モーター式の介護ベッドを頭部・下肢共にギャッチしています。畳が傷つかないようベッドの足元に敷物をしてあるところまで完璧です。右上肢はマンウェルニッケ肢位。拘縮もあるのでしょう、臥位姿勢からトーンの高さが伺えます。傍らにはリクライニング型の車椅子があり、キャスター付きのサイドテーブルには洗面器やティッシュが乗っています。

 

孫が千春に駆け寄ります。

「ちーちゃん、じいじスーハーしてない」

慌てて夫に駆け寄る千春。4点柵を外して夫の口元に耳を宛て、すぐに安堵の表情を浮かべます。そしてそのまま床に座り込んでしまいます。

「寝てるだけ!フフフ‥ほらおいで」

孫を膝に抱き寄せて語りかけます。

「じいじね、身体動かなくて、すごくすごく弱くなっているから、ス〜ハ〜する息もね、少しなの」

「じいじ、シセツに行かないの?」

「施設?」

「シセツに行ったほうがいいよ。そうするとみんな幸せなんだって」

千春は微笑んで、孫の手をそっと夫の胸の上に置きます。

「じいじね、弱いけど息してるの。お話もできないし、ごはんも食べられないけど。克巳さんはちゃんと生きてる」

「かつみさん?」

「ちーちゃんのだーい好きな人」

 

いや、もうお願いだからここだけで1クールのドラマにしてくれませんかね?

と思ってしまうほど刺さりました。

 

千春がほぼ1人で夫の介護をしていること、そんな千春を見ていられず同居している息子家族は施設入所も提案していること、おそらく千春はそれを拒んでいること。

孫のスーハーのセリフからも、千春が日常的に夫の呼吸を確認している事情が伺えます。

 

日テレの水曜22時のドラマで福祉用具の用意だけでなくこの短いシーンから花井家の事情まで分からせてしまう。ここまで作り込むのは野木作品だからでしょう。そういえばアンナチュラルの細かな設定も見事でしたね。

 

『目の前の意識のない人が、それでも生きていてほしいと思う誰かがいるということ』

 

以前、セミナーで教えて頂きました。私たちセラピストには何ができるのでしょう。こういう無力感も映画やドラマにして欲しいです。

【ドラマ】獣になれない私たち第2話 〜昭和の末期と平成の初期、働き方の変わり方〜

 

3話をまだ観てません笑。

 

〜あらすじ〜

一人ですべての仕事をこなしていることに業を煮やした晶が、社長の九十九剣児に業務分担の改善要求書を突き付ける。周囲が恐怖を感じる中、晶は九十九と交渉した結果、出張明けに返答するという約束を取り付ける。一方、恒星は初対面の会社社長・勝俣から、粉飾した税務申告書類に担当税理士として判を押してくれと頼まれる。恒星は不正には手を貸さないと拒否するが……

 

では以下、ネタバレを含む、しかも見た人にしかわからない感想です。

 

2話では世代ごとの仕事観が大きく表れていたように思います。

キーワードは昭和と平成といったところでしょうか。

 

設定にはありませんでしたが、仕事歴などから察するに晶は30代前半、恒星も同じくらいでしょう。

 

冒頭のシーン、九十九に業務改善を要求した晶を会社の同僚達は「グレた」「反抗期…」と揶揄?します。そして最後に出てくるのが『昭和かよ』でした。

 

晶の働き方にはどこか古風な印象があります。

嫌な仕事を押し付けられて断る権利はあるはずなのに「責任」や「義理」といった昔ながらの観念でやり遂げてしまいます。加えてよく気がつくからやらなくていい朝の掃除やらお茶汲みやらまでこなしてしまいます。

 

逃げるは恥だが役に立つ」でも新垣結衣演じるみくりが商店街の仕事をボランティアで手伝わされそうになったとき「人の善意につけ込んで労働力をタダで使おうとする、それは『搾取』です」と断言していました。『やりがい搾取』です。

 

これがみくりだったら良かったのでしょう。

しかし新垣結衣は同じでも晶はみくりと違います。

 

そして昭和末期の晶の延長にいるのが、2話から登場した八嶋智人が演じる勝俣です。

倒産しかけた会社の財務処理に追われ、税理士である恒星を頼ります。そう、土下座します。

 

公衆の面前で何の迷いもなく膝をつき頭を下げる勝俣。お決まりの家族や社員を守りたい、を叫びます。

管理者になったことなどない私には計り知れない苦労があるのでしょう。でも追い込まれたおじさんの土下座は惨めでも潔さでもない、何か違う感情を掻き立てられます。

 

で、それを見た恒星は

「卑怯でしょ、こっちが悪人みたいで。俺はね、土下座するような人が一番嫌いなんですよ」

そう言って立ち去ります。周囲の目を気にしながら。

 

晶が昭和末期とすると恒星は平成初期です。

個人主義、無感情、一匹狼。ゆとり世代の勝ち組な感じの働き方。

再び現れて土下座する勝俣にこう言い放ちます。

 

「責任って、会社も家族も貴方が好きで背負ったんでしょ?ろくに甲斐性もないのに背負って、今度は背負えないから助けろ?勝手な話しですね。土下座をして涙ながらに訴えれば何とかなりますか?そんなぬるい考えをしているから会社が傾くんだ」

 

「俺は相応な人間なんで背負えないものは背負わない。口先だけで大丈夫、何とかなるなんて言う奴は一番嫌いなんだよ。同情で引き受けて裁判沙汰になっても責任取れるんですか?」

 

背負えるものだけを背負うこと、自分で選んで自分で決めて、自分で責任を取るということ。

 

誰かの下でしか働いたことのない私にはとても理に適った働き方に見えました。

 

でも、これは観る人によって受け取り方が違うようです。

私の夫は個人事業主です。自分で仕事を取って、自分で片付けて、それでお金を貰います。

お付き合いも多くありますが、基本的にそれらは仕事上のお付き合い、一度そのフィールドを出れば相互関係はありません。

 

夫は晶が羨ましいと言いました。

ドラマの最後、有給明けで出社した晶はゴミが溜まり書類が散らかり雑然としたオフィスを見て溜息をつきます。でも、そんな晶を見て技術部や同じ営業部のメンバーは喜びます。「やっと晶が来てくれた」、晶が職場から必要とされている証拠です。

前職場のシーンでも、ただの派遣社員だった晶の送別会には大勢の人が集まり、大きな花束とプレゼントを抱えて見送られます。よく気がつく晶はどこに行っても必要とされているのです。

 

誰かの下でしか働いたことのない私は晶を見て、「また色々押し付けられるんだろうな、かわいそうに」と思いました。でも1人で働く夫には、間違いなく必要としてくれる誰かがいる環境が、必然的に生まれている晶が羨ましく見えたのでしょう。すごく勉強になりました。

 

で、昭和末期の晶と平成初期の恒星。おそらく彼らはゆとり世代の初期メンバーでしょう。

呉羽から鐘の音の話しを聞いたとき、2人とも当然のようにスマホを出して検索します。それを笑われます。

そして2人そろって白楽まで出かけます。晶は背伸びしたブーツをやめてパンプスで。

せっかく遠出したのに鐘の音は鳴らず、変わりに夕方の5時の鐘が鳴り響きます。それを聞いて懐かしい気持ちになる2人。

鐘からチャイムへ、大きな時代の移り変わりを見せているのに、2人には子供の頃を思い出させる。やはり2話には時代の変化が随所に匂います。ただその変化の中で働き方や価値観が違っても、晶と恒星には何か通じ合う所があるのです。同世代って大切です。

 

本当は他にも1話で言及した男女の相違や田中美佐子演じる花井千里のこととか書きたいことがあったのですが(とりあえず花井家に訪問リハが入るシーンをどうか一度でいいから入れて欲しい)、3話も見てないし他のブログも書きたいしていうか勉強もしなきゃいけないしでここで終わります。

 

でも最後、これだけは言わせて欲しいのです。

ドラマのラスト、出張から帰った九十九は晶に

「俺もごっつい反省した。深海(晶)に何でもやらせてホンマに悪かった。それで決めたわ。深海晶を営業部の特別チーフクリエイターに任命する。喜べや、給料アップ、ボーナスアップやで!」

と手書きの辞令を渡します。

 

どうしておじさんてこうなんでしょう。

自分の価値観を明確にしないまま相手に押し付けて、決めてしまう。反発すると怒るか正面から受け止められないから曲解して奇妙奇天烈なことを言いだしてしまう!

こういうおじさんは大気汚染と同じくらい無くなればいいと思ってしまいます。

どうしておじさんてこうなんでしょう!!!

【野球雑記】2018年の4番岡本和真の成長とその環境にリハビリテーションの道理を見た

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10月20日に放送されたスポーツウォッチャーの岡本和真特集を見て、「リハビリテーションもこういうことなのかなぁ」と思う場面が多々あったので、私のような若輩者が偉そうに文章にするのは大変僭越ですが、向学のために記してしまいました。

 

今年の巨人ファンには合言葉があります。

プロ野球死亡遊戯こと野球ライターの中溝さんが文春オンラインの記事でこんなことを書いていました。

広島に大差をつけらようと「岡本が3割30本クリアできそうだからまあいっか」。救援陣が毎度おなじみの炎上をかまそうが「岡本がホームラン打ったからまあいっか」。スマホを落として画面が割れても「岡本が育ったからまあいっか」ともはやなんだかよくわからないけど多くの巨人ファンは新4番バッターに救われている。

 

もう何年も日本シリーズに出ていないことや負け越しでシーズンが終わってしまったこと、更には高橋由伸監督の辞任など辛い出来事ばかりのこの一年が、それでも絶望だけで終わる様な気がしないのには彼の成長があったからのように思います。

 

智弁学園から2014年ドラフト1位で巨人入団、プロ入団3打席目で放った初安打がホームランとそのデビューは華々しいものでした。しかしその後は不調と怪我により成績は低迷、2017年まではそのほとんどを2軍で過ごすこととなります。

 

2018年春、二岡打撃コーチの助言から右足に重心を置くバッティングフォームに矯正。オープン戦で結果を残したことからそれまで正一塁手だった阿部慎之助からレギュラーの座を奪い、6月2日のオリックス戦から第89代目の4番打者となるまでの結果を残しました。

途中32打席ノーヒット、DeNA戦で受けたデッドボールからくる不調など幾多の困難もありながら、それでも4番に座り続け、蓋をあければ打率3割0分9厘、ホームラン33本、打点100と王貞治よりも松井秀喜よりも若い22歳という史上最年少記録を打ち立て首脳陣の期待に応えました。

 

スポーツウォッチャーのインタビューで二岡コーチは次のように話していました。

「試合前、必ず岡本と今日の調子を確認するけど彼はそれを言葉にできない。今日どう?って聞くと良くないです、と。何が?って聞くとよくわからないですって言っていた」

「試合に出し続けるためにはいかにノーヒットの試合を少なくするか、それを考えていた」

好不調の感覚を言葉にできない、岡本の弱点は口下手でした。それでも彼らは根気強く試合前にコミュニケーションを取り、徐々に岡本も自分の調子を言葉にして二岡コーチに伝えられるようになっていったそうです。

 

以下、岡本のインタビューです。

「自分のことをまずわかってきたというか、わかってきたから口に出して言えるようになったんだと思います」

「何が悪い、何が良いというのがわからなかったら試合には出続けられなかったし、それができようになったから修正ができるようになりました」

 

岡本を試合に出すために、岡本を知り結果として岡本もまた自分を知る。

リハビリテーションはクライアントが人間らしく生活するためのツールだと考えます。プロセスを踏む上で課題を整理し目標を立てます。当然のことながら相手を知ることは必須です。そしてクライアントもまた自身の希望を叶える上で何が障害となっているか、それを共有できるとアプローチは驚くほどスムーズに進んでいきます。

 

セラピストは二岡コーチの立場になるので、岡本が自身の打撃について言葉にすることができるようになった点は見習うべきでしょう。「相手が動いてくれないのではなく動かしていない」と教えてくださった方もいます。岡本の変化があったからこそ、二人三脚で細かなフォームの修正ができたのだと思います。

 

また岡本が32打席ノーヒットのスランプに陥った際、高橋監督が彼をスタメンから外すことはありませんでした。

 

最初に紹介した中溝さんの記事にこんな文章がありました。

長島茂雄松井秀樹を育て、原辰徳坂本勇人の才能に懸け、高橋由伸は岡本和真を信じたわけだ。

 

自身が辞任を発表した後のシーズン最終試合、2打席連続ホームランを放ちギリギリの所で打点を100にした岡本を見て、由伸の目は潤んでいたように見えました。感情を出さないことを批判された由伸が最後に見せた涙を、私は生涯忘れません。(なのでまさか試合後のインタビューで「100打点ですね」と声をかけられ「え、そうなんですか?」と言ったときにはさすがとしかいえませんでした笑)

 

リハビリテーションは時に我慢を強いられます。特に生活期に関しては、それまで何十年とかけて築き上げたクライアントのライフスタイルをたった数ヶ月関わっただけの私たちにどうにかできる訳がないのです。そこで「もうこれ以上続けても…」と何らかの変化を提案するもよし、しかし少しだけ「寄り添う」という便利な言葉に甘えてアプローチを続けた時、何かの拍子に事態が好転したときは泣いて喜んでしまいます。

 

シーズン中、こんなこともあったそうです。

スランプに陥った岡本に声をかけたのは共に背番号25をつけて4番を打つDeNA筒香嘉智でした。彼らが背負う背番号25の意味に関してはここに書くと書ききれないくらいに思いが籠ってしまうので割愛します。ここまで言ってわからない方がいらっしゃいましたらお手数ですが『村田修一』で検索して頂くとよろしいかと思います。

 

リハビリテーションはセラピストとクライアントの一方向の関係では成り立ちません。クライアントを取り巻く様々な環境が時として大きな功を成し事態を好転させます。二岡コーチや高橋監督がそこまで考えていたかどうかはわかりませんが、これもじっと岡本を信じたからこその結果であり、彼がなるべくして巨人の4番になった所以なのかと思います。

 

岡本へのインタビューにおいて、一貫して次のようなことが語られていました。

「若手が育たないと言われたことは情けないことだった」

「大事な所で打てなかった。来年はもっと良い所で打てるバッターになりたい」

 

こんなこと、試合の7時間前に球場入りして1人黙々と打ち込む彼を見せられた後に言われたら、社会人になって10年近く経つおばさんは何も言えません。

 

この辺になってスポーツウォッチャーでの特集の冒頭に流れた開幕3戦目の彼のヒーローインタビューが蘇ります。

プロ3打席目でホームランを放った若き日の岡本は先輩阿部の入れ知恵でお立ち台から「どうも、ジョニーデップです!」と今思えばあんまり笑えないとんでもなく寒いボケをかましてきました。結果としてこの一言はその後続いた不調に対する揶揄に繋がり、本人も辛い思いをしたことでしょう。

そして今年のインタビュー。自己紹介を求める日本テレビの義堂アナウンサーに対して

「今年はそういうのやりません」ときっぱり断りました。

思えばあの4月のヒーローインタビューから2018年の巨人ファンは夢を見させて貰っていたのかもしれません。

 

巨人の4番が育つまで、私たちは1つのシーズンを通してその過程を見せてもらいました。

そこには機能回復だけには留まらないリハビリテーションの哲学に通ずるものもあり、1人の理学療法士として感情を動かされる場面が多々ありました。

 

世の中には普遍なるものがあり、リハビリテーションにもまた普遍なるものがあるのかと思います。

 

そんな素敵な考え方を、医療や介護といった世界だけに流通させるだけでなく、スポーツやエンターテイメントに通ずるものを見出せた時の感動を、文章に表せたらいいのにな、と思います。

 

更なる飛躍を祈りながら。